Un cauchemar rouge

白い白い空間…
白すぎて、静かすぎて息苦しい位で、白い闇とでも呼べそうな空間

「……ここ、どこ？」
辺りをキョロキョロと見渡せど、何処までも何処までも白が続いて何もない。
いつの間にか持っていた愛用の日本刀に付けた飾り紐を無意識に弄る。
何もない、物音も気配もない
不気味だ…

ハッと背中に感じた気配に振り返り、左に構えた日本刀に右手を伸ばし姿勢を低くする。
いつの間にか身体に染み付いた戦闘態勢…無意識だった。
今はそれが正しかったのかもしれない。

後ろに居たのは出来れば見たくなかった存在、いや、正しく言うとしたら"背後にいた奴"とだけは会いたくなかった……

「イフリート……」

ぎりぃっと歯がなるほど噛み締め、睨みつけ全身から殺気を放つ。
どのダークネスよりも、どのイフリートよりも灼滅したい存在…

紅き焔を身に纏う狼、大きさは普通の狼の数倍はあるだろう。
いや…そんな事は別に良い
それよりも…

「久しぶりだネ、有栖」
「…会いたくなんてなかったんだけど」
「釣れないナァ…」

焔が狼を包み込み、ソレがいた空間で大きな炎が上がった。そこから出てきたのは有栖と鏡合わせな少女。
但し、瞳は燃える炎のように紅く、焔を纏った狼の耳と尻尾が生えている。

突然、有栖が居合斬りを繰り出す
その速さは目にも止まらぬのに、まるで踊る様に避けるイフリート。
続け様に放たれた炎を纏った日本刀は片手で掴み微笑む…吐き気がするほどの笑みで…

「ヤだなぁ…暴れたい気持ちは分かるけど、相手は私じゃないヨ」

楽しそうに尻尾が揺れる、笑みは更に深まる。

「私はもうお前に囚われないっ！！私は…私は大切な人を護る為に、この力を使うって決めたんだからっ…！！！」
「そんなノ建前でしょ？その力だって、元々は私のものだし。それに……本当は大切な人ヲ壊したいのに」
「ちがっ…！」

スッとイフリートが有栖の後ろを指差す。
振り返った途端に目を見開いた。

「なんで…」

少し先には見知った、大切な人達の背中…クラスメイト、クラブの仲間、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染、そして恋人。
嫌な予感がする。まさか…

「ほら、舞台は揃ったヨ♪思う存分殺ればいいヨ…ほら、手伝ってアげる」

後ろからイフリートが有栖の手を取る。日本刀が焔を纏う

「いやっ…！！やめて、離れてっ」
「もっト素直になりなよ。…自分ノ破壊衝動に、サ」

カタカタと身体が震える。嫌だ、傷つけたく無い、守ると決めたのに…！

「姉さん…？」

幼馴染の、大切な弟のジンが振り返って有栖を呼ぶ。何時もの様に、自然に。でも…

「ほら、お呼びダよ。応えテあげなきゃ」
「ジン、逃げ…っ！！」

身体が勝手に、意思とは反対に動く。否、意思は意識は彼女のイフリートのものになっていた。
白い床を蹴り、一瞬の躊躇もなくその身体の中心に刃を突き刺す。
肉を貫く感触と、肉が焼ける臭い…
普通なら顔を歪めるのだが…"彼女"は口を歪めた。誰が見ても笑ってる、楽しんでる。
慣れた手つきで刀を引き抜く。紅の中に倒れる幼馴染の姿には目もくれない…

「どうした、有栖？」

後ろから恋人の、零の声がした。
でも、それに応えるのは彼女の声じゃなかった…。
くるりと振り返り、満面の笑みを浮かべる。普段なら彼は頭を撫でてくれる。

でも、今彼女は愛用の日本刀を斜めに切り上げた。
躊躇なんて言葉も戸惑いと言う言葉もそこにはない。あるのは破壊と殺戮。
あちこちに飛んだ愛する人の血を舐める。

甘い、狂気の味…
その酔いに身を任せ、後は破壊に殺戮に明け暮れる。
楽しい、大切なものが壊れる音が心地良い。もっと壊したい…！
その欲求に素直に舞うは紅の刀…


気が付けば周りは紅に染まっていた。
紅い、紅い、焔よりもなお赤い…
白い空間に痛いほど眩しいほど辺り一面に血の紅がある
その中にいるのは"大切な人""愛する人"と"仲間"の冷たい身体。

それから、彼らを大切に思っている血に濡れた葛葉・有栖

手から日本刀が音をたてて落ちる
膝から力も抜けて立ち上がれない

「私は…私は…一体何を…どうして…守ると…
共に戦うと誓った仲間を、ジンを…零を…っ」

私じゃない、私が殺ったんじゃないと否定出来たら…
でも、残ってる…感触が、臭いが、血が、最後の表情が…

「ぁあああぁぁぁ……っ！！！」

声にならない叫びが赤く染まった白の空間に吸い込まれる…



飛び起きたのは時計が5時を告げるか告げないかの時間。
生々しくて、残酷な夢を振り切る様に起きた。身体が震えて、涙が止まらない。
膝を抱えるしかなかった…声をあげずに涙を流すしかなかった。

手に残る感触が胸に突き刺さる……